日本経済新聞

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中田有紀との旅

中田有紀

中田有紀

(なかだ あき)

東京都中野区出身。
フリーアナウンサー。
日本大学藝術学部放送学科を卒業後、青森放送に入社。4年間勤務したあと東京に戻り、早朝の情報番組のキャスターとして活躍。現在に至る。

真神仁宏さん

真神仁宏さん

(まがみ にんこう)

臨済宗県建仁寺派宗務総長

大本山 建仁寺

(だいほんざん けんにんじ)

建仁2年(1202年)将軍源頼家が寺領を寄進し栄西禅師を開山として建立。京都五山にも列せられている。俵屋宗達の「風神雷神図」、海北友松の「雲龍図襖」などの文化財を多数所蔵する。4年後は開山栄西禅師八百年大遠諱の年にあたる。

第1回 京都・建仁寺に海北友松筆「雲龍図襖」を訪ねて

サムネイル

中田
実際に拝見いたしましてとても大きくて立派な襖絵で驚きました。大きさはどのくらいあるのでしょうか。
真神
畳が1間ですから、幅が187cm、高さが198cmです。1面がほぼ正方形。それが4枚ですね。
中田
重要文化財である「雲龍図襖」について教えてください。
真神
これは、海北友松という安土桃山時代から徳川時代に活躍した画家の水墨画です。その当時、長谷川等伯や狩野永徳など有名な画家が輩出されていますけれども、友松はもともと浅井家の武士でした。作品はそれほど多く残していませんが、どれも日本を代表する水墨画です。建仁寺の方丈には50面の襖絵が残っています。画題はいろいろです。「雲龍図襖」は龍を描いたわけですが、もともと武士ということがあるのか、非常に勇壮に描かれています。宮本武蔵も武士であり画家でしたが、友松の作品には技術的な高さと同時に、武蔵に相通じる武士の持つ鋭さとか強さがあるのではないかと思います。
中田
この「雲龍図襖」を綴プロジェクトによって複製された理由をお聞かせください。
真神
いろいろなご縁の賜物なのです。本当にありがたいことです。4年先にこの建仁寺の開山の、栄西禅師の800年の大遠諱(だいおんき:禅の礎を築かれた栄西禅師への報恩感謝と禅の未来を願う法要)がありますが、その記念事業に何か大きなことができたらいいな、ということをみんな考えておりましてね。海北友松の「雲龍図襖」の複製をお願いしたわけです。なぜなら「雲龍図襖」は重要文化財ということもあって、本画は京都国立博物館に寄託して保存していて、普段はここで見ることができないからです。
中田
本物の「雲龍図襖」は劣化を防ぐために大切に保管されているわけですよね。
真神
海北友松筆「雲龍図襖」部分 はい、そうです。実は、昭和9年の室戸台風でこの方丈が倒壊したんです。最近、倒壊当時の写真が出てきましたけれども、本当に粉々に近い倒壊をしています。ところが運よく法要があったので「雲龍図襖」をはずしていたのです。その後、同じようなことが起こっては大変だということで、軸にしまして京都国立博物館に寄託することになりました。ですから、現在は複製をしていただいて襖として方丈にしつらえていますが、これはもともとの状態なのですね。本物は軸に変えてしまっているわけですから、この本来の状態で友松の作品を見るのは、われわれでさえ今回が初めてなんです。そういう意味でもうれしいです。
中田
水墨画の複製は技術的に大変難しいといわれていますが、今回の出来映えはいかがでしょうか。
真神
海北友松筆「雲龍図襖」部分 私は小さい頃から書をやっていまして、毎日墨と紙との闘いをしているわけです。白と黒、墨だけでいえば黒だけですね。黒ひとつで造形と、それから濃淡で動きといいますかね、立体感といいますかね、表現するといいますか。これはもともと海北友松がしたのですけれど、それを複製するというのは、色がないだけに逆に難しいのかなというふうに思いますし、現実にこの色を決めるときにも本画と色合わせをされた。その場にいますとどちらが本画かわからんくらいに、よく出来上がっておりました。すごい技術だと思います。
中田
実際に京都伝統工芸の表装が施されているそうですね。
真神
はい。そうです。まさか表具もいっしょにしていただけるとは思っていませんでしたので、非常にありがたいと思います。これだけ大きな襖ですから、おそらく表具ひとつでも大変な技術がいるだろうと思います。ご覧になってわかるように引き手が黒。この時代のこれだけの襖によくあるのは金です。それをあえて非常にシックな黒の造形でやっていただいているから、全体の雰囲気が、引き手と縁の黒と水墨の黒ですね。その調和が非常にうまくいっていると思います。
中田
出来上がってきた作品に何かご注文を出されたのですか。
真神
そんなおそろしいことはいたしませんでした(笑)。京都国立博物館に保管していただいている本画を、この建仁寺で展示するということはめったにありません。何年かに一度です。私も本画をそれほど細かく見ておりません。それがこうして襖として複製されて身近に置かせていただけることになりまして、いろいろな発見がありました。 たとえば画竜点睛、龍の目玉です。これは、この絵の命です。それを一筆で描いているんですね。おそらく、無心になって乾坤一擲の気合いのもとに、最後の最後に、ここだというところに描いたのでしょう。この一点しかないんだ、ということを痛感しました。
中田
そういわれますと迷いなく描いたような気がします。
真神
友松が臨済宗における禅の心を知っていて描いたのかどうかはわかりません。しかし、達磨の目とも共通する、何かあるべきところにあるという気がいたします。
中田
この綴プロジェクトを通じて、「雲龍図襖」の神髄を多くの方々に観賞していただけるのは非常にすばらしいことですよね。
真神
この場所に毎日あるわけですから、いつでも拝観される方の身近にある。友松の襖絵が描かれたのは約400年前。その時に一瞬にして戻ることができる。それほどの価値があるものだったと思います。
中田
一般公開されて、拝観される方からの評判はいかがですか。
真神
これはたまたまだったのですが、方丈の南側に法堂がありまして、その法堂の天井に平成14年、「双龍図」を掲げたのです。これを描いてくださったのは現代の日本画の巨匠である小泉淳作画伯です。「雲龍図襖」と「双龍図」を比べてみますと、同じ龍でもずいぶん表現がちがいます。拝観者の方々は、現代の龍と約400年前の龍のちがいに驚かれますね。個々に関していいますと、「双龍図」のほうは畳108枚分の大きさがありますので、まずその大きさに驚嘆されます。一方、「雲龍図襖」のほうには魂を感じておられるようです。何か迫ってくるものを感じる、という声をよく聞きますね。造形だけなく筆勢ということもあるのでしょう。拝観者の方々にそうした感動を与えられるのも、とりもなおさず高精細複製の技術の賜物ですね。
中田
日本の文化芸術を未来に継承する重要な役割を担われている真神様にとりまして、綴プロジェクトの意義とはどのようにお考えですか。
真神
私も長いこと教育界におりますが、教育にとっていちばん大事なことは、若い人たちに現物を見せてあげることです。どれだけ講義をしたところで、やっぱり現物を見る以上のことは伝えられないと思います。綴プロジェクトでは、丹念に高精細複製品をおつくりになって身近なところで見せておられる。 子どもたちを対象にした展覧会を催してもおられる。これは、文化芸術の継承という意味でいいますと非常に意義深いことですね。作品の本来の姿を目の当たりにしたら、作品の描かれた時代をより深く認識できると思うんです。また、単に絵画を複製するだけでなく、襖のように昔の表具の技法を再現しながら複製される。これも非常に意義のあることだと思います。表具師の方々も複製作品の事業に携わることで、古い時代の技術を学び取れる。京表具の伝統工芸士にとっては複製事業はよき教育の場でしょう。綴プロジェクトを通じて、こうした文化芸術の継承が行なわれるわけです。その活動の中で建仁寺の姿がどう変わるか、さらには拝観者の歴史認識や京都の伝統工芸がどうなるか、今から楽しみでしかたありません。
中田
本当にそうですね。今日はありがとうございました。