日本経済新聞

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著名人が語る綴りプロジェクト
檀れいさん

檀れいさん

(女優)

92年宝塚歌劇団に入団。99年より月組、03年からは星組の主演娘役を務めた。05年に退団し、06年には山田洋次監督作品「武士の一分」でスクリーンデビュー、日本アカデミー賞優秀主演女優賞ほか、数々の賞を受賞。現在、映画、テレビ、舞台、CMで活躍中。


第3回 檀れいさん(女優)

今回お招きした著名人は女優の檀れいさん。
学生の頃から美術が大好きで、時間をつくって綴プロジェクトの作品を
ゆっくりと訪ねてみたいそうです。

「京都は日本の文化を肌で感じることができる街。時間をつくって綴プロジェクトの作品を訪ねてみたい」雲龍図襖(うんりゅうずふすま)海北友松筆 建仁寺 ※重要文化財

綴プロジェクト作品の前で、歴史物語を演じてみたい


学生の頃、美術が大好きでした。一生懸命に絵を描いたかというと、そうともいえないのですが、好きな教科だったんです。そんな思いは、どこかで女優という仕事に通じているのかもしれませんね。美しい作品を作り出す、という意味ですと、画家と女優とは共通したところがあるように思います。

一昨年になりますが、ある仕事でフランスを訪ねました。19世紀、日本で盛んに描かれた浮世絵がヨーロッパに渡り、それがモネやゴッホといった印象派の画家たちに強い影響を与えた。そんな史実を追っていこうという仕事でした。実際にフランスに行き、印象派の画家たちの作品を見て、それが生まれた背景を聞かされますと、浮世絵がどれほど大きく影響を及ぼしたかがわかりました。まず、私が驚いたのは、飛行機もない時代に浮世絵が海を越えてヨーロッパまで渡ったという事実でした。そして、そんな浮世絵を世界的な画家たちが受け止めたわけです。これには、日本人であることがものすごく誇らしく思えてきました。

「金箔や西陣織など日本の伝統工芸を次の世代に伝えるためにも、綴プロジェクトは役立っているのですね」南蛮屏風(なんばんびょうぶ)狩野内膳筆 神戸市立博物館 ※重要文化財

綴プロジェクトというのは、日本の貴重な文化財の高精細複製品を制作するプロジェクトだとお聞きました。日本人が、自分たちの手で自分たちの文化を守り、将来に伝えていこうというのですね。素晴らしいことだと思います。フランスで印象派の画家たちが暮らした街を訪ねたときに感じたのは、街の方々が画家たちのことを本当に大事にしていることでした。それも大上段に構えて“私たちはモネを大事にしているんだ”というのではなく、本当にさり気ないんです。印象派の画家たちが写生をした場所が、当時のままに残っていたり、そこはかとなく大事にしている香りが漂ってくるのです。

日本でいいますと、京都は街の人たちが古くからの文化を大事にしていらっしゃいますね。歴史あるお寺を始め、伝統文化をみんなの手で守ろうという空気を感じます。そうした街を訪ねるのは、本当にいいものです。私は京都が大好きです。綴プロジェクトも京都から始まったものだそうですね。たとえばお寺にあった襖や屏風というのは、モネやゴッホの作品よりもずっと古い。そうなると、しっかり保存をしていかなくてはならないので、なかなか文化財を公開できないのだそうです。そんな事情もあって、綴プロジェクトが誕生したのだと聞きました。本画に限りなく近い高精細複製品を作り、多くの人に見てもらおうというのがプロジェクト誕生のきっかけだとか。また複製した作品の中には、期せずして海外の美術館に収蔵されたものもあり、それを複製した元の所蔵先に寄贈して、作品を里帰りさせてもいらっしゃるそうですね。企業の社会貢献事業としてそれをやり遂げていることに敬服します。

私は、残念なことに綴プロジェクトで複製された襖や屏風をしつらえたお寺を訪ねたことがありません。もし訪ねたら、その空間で歴史物語を演じてみたくなると思います。時代劇を演じるとき、私はその時代のことを可能な限り勉強します。役には直接関係はないのですが、時代を取り巻いていた思想まで学びます。そうやってできるだけ当時の人の心をつかんで演じたい。高精細複製品がしつらえられた空間は、本画がしつらえられていた時代を空間として再現していることでしょう。そのなかで、時代の空気を感じながら演じたら、いったいどんな演技になるか本当に楽しみです。

「教科書やネットの画像だけでは、画家の魂や描かれた時代の精神を感じることはできません」神護寺三像(じんごじさんぞう)伝 藤原隆信筆 高雄山神護寺 ※国宝

作品を元あったところにしつらえるということは、綴プロジェクトの活動が、単に絵を複製するのではなく襖や屏風に仕立て上げ、当時の空間を再現するということだと思います。今回お聞きしましたら、古い時代の襖や屏風に仕立てあげるのは現代の京都の伝統工芸士さんなのだそうです。伝統工芸士の方々は、古いものを再現することで古いものから多くのことを学ばれたことでしょう。古い技術と新しい技術を結び付けていらっしゃることも、綴プロジェクトのすごいところですね。

私は宝塚歌劇団の出身です。宝塚には長い伝統があり、在団中は、歴史の中で培われてきたものを守っていかなければいけないと思ってきました。そんな思いは伝統工芸士の方にも通じるのではないでしょうか。しかし、古くからの型を守るだけでは伝統は継承されません。守っていきながら、それを破り、そしてそこから離れていくということが、実は伝統を継承していくこと。大切なのは守破離(しゅはり)の精神。おそらく、綴プロジェクトの作品を作りながら、伝統工芸士の方々は、それを強く感じたことでしょう。

綴プロジェクトの作品を集めた展覧会も行なっているそうです。多くの人に見て、味わってほしいですね。美術や工芸の作品は本などの印刷物だけでなく、最近ではインターネットを使っていくらでも見ることができます。でも、現物を自分の目で見ることがいちばん大切だと思います。ですから、現物を見る機会がほとんどない作品を複製して公開することに意義があるのです。実際の作品の大きさや美しさを感じるのはもちろん、魂を削りながら描いた画家たちの情熱を感じることができるはず。そういう経験を重ねていくと、感性が豊かになるとともに、その人自身の審美眼が育っていくのだと思います。審美眼が育っていくと価値観が揺るがなくなる。感じ方は人それぞれでいいんです。多くの人が、その人なりの揺るぎない価値観を持つことができたら、素晴らしい世界になるでしょうね。綴プロジェクトは、そんな世界を実現させる試みのひとつだと思います。