日本経済新聞

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中田有紀との旅

中田有紀

中田有紀

(なかだ あき)

東京都中野区出身。
フリーアナウンサー。
日本大学藝術学部放送学科を卒業後、青森放送に入社。4年間勤務したあと東京に戻り、早朝の情報番組のキャスターとして活躍。現在に至る。

那須仁宏さん

那須宗弘さん

(なす そうこう)

臨済宗大徳寺派祥雲寺第69代住職

祥雲寺

(しょううんじ)

祥雲寺は、堺の豪商、谷正安が建立し、沢庵宗彭が初代住職を務めた。1625年に建物は完成。当初は瑞泉寺と号したが、1634年、祥雲寺と寺号を改めた。

「松島図屏風」について

「松島図屏風」のオリジナル作品はフリーア美術館が所蔵。高精細複製品は普段は堺市美術館に収蔵。
10月29日(金)~11月7日(日)祥雲寺にて公開予定。

フリーア美術館(※1)

フリーア美術館はアメリカのワシントンD.C.にある美術館で、スミソニアン博物館群のひとつである。実業家で東洋美術の収集家であったチャールズ・ラング・フリーアが、所有する数々の美術品をアメリカ政府に寄贈し、美術館設立資金も出資して1923年に開館した。フリーアは追贈の際、同美術館以外では所蔵作品を展示しないように、という条件をつけて寄贈した。

堺市博物館(※2)

堺市博物館は、市制90年を記念して1980年に開館した。市内には仁徳天皇陵を中心に、数多くの古墳があり、同博物館では古墳群からの出土品を展示している。また、千利休、与謝野晶子など、堺市出身の歴代文化人の資料も展示。今回、綴プロジェクトにより俵屋宗達の「松島図屏風」の高精細複製品が祥雲寺に寄贈された際、同館に展示され一般公開された。

第2回 堺・祥雲寺に俵屋宗達筆「松島図屏風」を訪ねて

松島図屏風(まつしまずびょうぶ)俵屋宗達(たわらやそうたつ)六曲一双 ※フリーア美術館所蔵

門外不出の名品、約100年を経て米国より高精細複製品として里帰り

サムネイル

中田
海外に渡った「松島図屏風」が高精細複製品として日本に里帰りしました。どういうお気持ちですか。
那須
まず、この綴プロジェクトに感謝申し上げます。また、アメリカのフリーア美術館(※1)は収蔵品を非常に大切にしておられ、門外不出と聞いております。今回、このプロジェクトの意義や関係者の熱意をくんでいただきまして、ご協力を賜ることができました。本当に感謝しております。
中田
「松島図屏風」の作者である俵屋宗達と宗達が属する琳派について教えてください。
那須
安土桃山時代から江戸時代の初期、京都に本阿弥光悦という人がおりました。この人は美術、工芸に豊かな才能を持っていて、書画はもとより陶芸や漆芸でも優れた作品を残しました。俵屋宗達は、本阿弥光悦ともっとも親交を深めた画家です。この光悦、宗達の作風は王朝文化を重んじる傾向があり、それを継承するように少し時代が進んで尾形光琳が現われました。さらに江戸時代後期になりますと酒井抱一らも加わりました。こうした光悦、宗達、光琳から江戸時代の終わりごろまで受け継がれていった造形芸術上の流派を「琳派」といいます。
中田
「松島図屏風」は数奇な運命をたどったと聞いています。具体的にはどのようなことでしょうか。
那須
俵屋宗達筆「松島図屏風」部分 はい。この「松島図屏風」は、このお寺を建立した谷正安が祥雲寺の財産にと、直接、俵屋宗達に頼んだものと聞いております。それが江戸から明治に時代が変わって武家社会が崩壊すると同時に、廃仏毀釈も起こりました。すると寺は非常に困窮いたしまして、それがもとで「松島図屏風」を京都の大徳寺の大仙院に引き取っていただいたと聞いております。ところが、大仙院も同じような理由で手放さざるを得なくなったそうです。そして、小林文七という画商の方にお渡ししまして、それがフリーア美術館の創立者であられるチャールズ・ラング・フリーアさんの手に渡りました。
中田
祥雲寺は太平洋戦争の空襲で被害を受けたとお聞きしましたが。
那須
そうです。昭和20年7月10日の空襲の際に、本堂に焼夷弾が落ちたと聞いております。そして、渡り廊下伝いに火が回りまして、ついに寺は全焼してしまいました。もともと寺にあったものは、そのときにほとんどすべて焼失してしまいました。ですから、そのときにもし「松島図屏風」が寺にありましたら、焼失してしまったことでしょう。
中田
そうですか。現在、本画はアメリカのフリーア美術館が所蔵しているわけですね。
那須
はい、そうです。フリーアさんは購入されてから手放すこともなく、後年はコレクションをアメリカ政府にご寄贈されました。そして1923年にフリーア美術館が設立され、「松島図屏風」も収蔵されました。私は、この綴プロジェクトによる高精細複製品制作のお話があった時に、複製のご許可を得るため、キヤノンさんや京都文化協会さんの方々とアメリカのフリーア美術館まで訪ねていきました。そのとき、当時の副館長のジェームス・ユーラックさんを始め、美術館のスタッフの方々から歓待を受け、初めて本画を見せていただきました。保存のよさには感服いたしました。
中田
綴プロジェクトではフリーア美術館までキヤノンが開発者を派遣し、キヤノンのカメラ、画像処理ソフト、大判プリンターを使って、この「松島図屏風」の高精細複製品を制作しました。出来栄えはいかがでしょうか。
那須
私は、フリーア美術館で本画を直に見ております。そのとき、絵の具の剥落や漆のくすみまでしっかり見たのですが、この高精細複製品は、そうした経年変化まで非常に精緻に再現されていて本当に驚きました。
中田
オリジナルの文化財と同じように金箔がふんだんに施されていますが、ご感想はいかがでしょうか。
那須
金箔の質感や色調は再現がたいへん難しいようです。そこで金箔は京都の伝統工芸士さんが手仕事で1枚1枚載せています。金箔と同じように漆や表具も再現が難しいようです。こうした手仕事が、伝統工芸の職人さんを育てる結果にもなっているのです。
中田
拝観される方、または高精細複製品を展示していた堺市博物館(※2)の来場者からの評判はいかがでしょうか。
那須
みなさんたいへん感動されているように思います。また、俵屋宗達という日本の先達が、このような偉大な作品を残したということに、同じ日本人として誇りを持ったのではないかと思います。私は、みなさんがこの作品によって日本の芸術に自信を持ち、また、自らの発奮につながればよいなと思います。
中田
綴プロジェクトは高精細複製品によって、多くの方々に貴重な日本の文化財を鑑賞していただく活動を行っています。その活動にどのような感想をお持ちですか。
那須
俵屋宗達筆「松島図屏風」部分 本画のほうは、文化財の保管、管理という面で一般公開には厳しい制約がございます。それと、仏教でもいうように諸行は無常です。太平洋戦争の空襲でこの祥雲寺が全焼したように、いつ何時なにが起こるかわかりません。ですから、まずはこうした高精細複製品、あるいはオリジナル文化財の修復のためにデータを残しておくのはとても重要なことだと思います。また「松島図屏風」など海外に渡って本画をみる機会の少ない作品をはじめ、たくさんの文化財が高精細複製品としてみなさんの目に触れる機会が増えるのはすばらしいことだと思います。綴プロジェクトが文化支援のすばらしい活動として、さらにひろがっていくことを願っております。
中田
本日はありがとうございました。
那須
こちらこそ、ありがとうございました。